※この日は途中からかなりイライラしたので若干悪意が込められた文書になってるかと思いますが、臨場感を出すために敢えて変に加筆訂正をせずに投稿することにしました。ご了承ください。
朝飯を食べて8時に出発!昨日のアルゼンチン人は乗ってきた車が不調でまだ出れないからタジキスタンのおじちゃんに礼を言って別れ、オシュにヒッチハイクで向かうらしい。お互い良い旅を!!
さぁ行くか!朝から良い眺めだ。
スタンドのところまで戻り中国との国境に向かう方向に歩きながら車を待つ。
1台目のトラック。華麗にスルー。少し動作が遅れたな。まぁ気長にやんべ!
サリタシュの終わりまで来てしまった。
そろそろ腰を据えて待とう。
ぜ、ぜんぜん車来ないじゃないか。最初に逃した獲物はでかかったな。でも気温丁度良いし景色が良いからまだマシか。
遠くにドラゴンボールの宇宙船みたいなのを発見。
結局僕が2台目の車を見たのは1時間近く経った9時頃。無料ではなく1000と言ってきたので値切って500で乗せてもらった。どうやら他にも人が乗ってるがこれはタクシーだな。
雪道をずーっと進み10時過ぎに1つ目のパスポートチェック。ここから前代未聞な面倒くささかつ遠すぎる国境越えが始まった。
①国境の町イルケシュタムより手前でパスポートチェック
②イルケシュタムから国境の制限エリアに入るところでパスポートチェック
③制限エリア入ってすぐのところで簡単な荷物チェックを受け、出国審査。日本人だとわかると上機嫌にスタンプを押してくれた。が、一緒に乗ってきたおばちゃんに問題があったらしく別室に連れて行かれてた。結果タクシーの運ちゃんはおばちゃんを待つから僕は先に行けという感じになった。歩いてじゃ行けなそうだし先に行けっつったって、って思ってたら親切な国境職員がトラックと話をつけてくれ、無料でそれに乗り込む。少し前に交わしていた、お前はサムライだろ!→いや、俺はニンジャだぜー!というやりとりが効いてるなこれは。
④多分実際の国境線のところでトラックを一度下りてパスポートチェック。ここから中国。肩には人民解放軍と言う文字が見えた。かなり念入りでパスポートを開いて持たされ、写真を撮られた。運転手はトラックのナンバーの横に立って撮られてた笑。そしてここで1時間進んだ。(この日記の一番最後参照)
⑤再びトラックに乗っていたが引くくらいの大渋滞。トラックばかり30台は停まっていた。
運転手が歩いて先に行けよと言ってくれたので礼を言ってトラックを降り、歩いて建物に到着。建物の前には6,7人の待っている人々。トラックのチェックをしている係員に聞くと案の定待ってろとの返答。昼ごはんかなー。でもトラックの方は5人くらいで念入りに検査してるんだけどな。でもあれだけ時間かけてたらそりゃ大渋滞が起こるな。確かにお互い大変だけど治安の為にやってるのだとしたらしょうがない。しばらく待ってドアが開きみんなで一緒に荷物チェックや全身スキャン。
全身スキャンは2種類の機器でやる綿密さ!荷物チェックはかなり細かく漁られた。過去最高。いや2番目。最初は丁寧に自分で漁って小袋を開けていたが、僕のバックパックがパンパンに詰まっているのでイライラして全部ここに出せとプチ切れ。同時進行で他の人が僕のパソコンを開きデスクトップに貼ってあるアイコンを1つづつ念入りにチェック。30分くらいでパソコンをチェックされたあと解放。
一緒に入ったウイグル人達と同じタクシーで進みたかったがこんだけ遅れたらしょうがない、と思ってたら待っててくれた!有り難すぎる!パスポートは返してもらえず運転手がホールド。
⑥⑤から100km以上進んだところでパスポートチェックと全身スキャン。途中の道は見晴らし良く中々快適なドライブだった。
⑦更にちょっと進んだところで遂に入国審査!と思ったら14時までクローズらしい。
特にする事もなくみんなでぼーっと待つ。日記を書いていると画面をのぞき込んで何語なんだ?お前中国語できるのか?みたいな感じ。日本語は中国語の漢字も混ざってるんだよ、と伝えるのが超絶苦労。彼らは僕のパスポートの漢字を見てさらに混乱笑。最終的に何とか理解してもらったと思ってる。ちなみに僕の名前は「フーティングワン」(音の上がり下がりがあるからカタカナじゃ正確には表せないけど)となります。それが通じた時は嬉しかった!やはりウイグルの人の第一言語はウイグル語の様で中国語との辞書を持っている人もいた。ウイグル語はアラビア語に似たような形。
14時になり建物の中には入れたが検査開始は16時からだという。ざけんなよ。。まぁ、しょうがないか。中の写真は控えたけどかなり綺麗。制服着た職員たちがすごいフラフラしてんだけどなー。早めに始めてくれたりしないかなー。僕たち6人だけだし。
ということで入国カードを記入し入国スタンプゲットー!そしてさらに荷物チェックを得て完了だー\(^o^)/
やっと入国やでー!!ここまで一緒に来たウイグル人たちも僕と同じ目的地のカシュガルに行くと言っていた気がするのでおそらく同じメンバーで同じタクシーでそのままカシュガルに行けるのだろう。ラッキーだ!
建物を出ると停まっていた車から出てきたのは両替屋。助かった!タクシー代どうやって払うか心配だったんだよ。レートは10ソム=1元なのでかなりわかりやすい。ほぼ確認していた通り。ここでタクシー代100元お支払い。これってカシュガルまでの運賃込みかな?コミュニケーション取れずに不明。
あれ?なにか様子がおかしいぞ。どうやら一緒に来ていたウイグルおかあさんのパスポートに何か問題があるそうだ。まぁいいさ待つよ!まだまだ明るいしタクシーでカシュガル行けるし。職員で1人だけ片言の英語を喋る青年がいたので少しは気が紛れた。職員はみんな漢民族の人なのかなー?この景色を見ながらひたすら待つ。
途中で運転手からやっぱお前はこの車で行けと僕だけ別のもう一台停まっていたタクシーに移動。やっぱ運賃別かしょうがない。カシュガルまで35元だという。乗り合いっぽい。
長いなー。ちなみにこの待ち時間で生まれて始めて建物の中で唾吐く人を見た。しかも公共の建物だからな笑。でも決してそこらじゅうで誰もがペッペ吐いてるわけではない。建物内もとても綺麗でゴミなど落ちていない。それは良いけどお前よくそんな綺麗なところに吐いたな笑
話しかけてきてくれたウイグルの若者だがお互い全く理解できず。ずっと「アビシズー、アビシズー」と言ってくるのだが理解できず。そしてなんとか彼が安倍晋三(アベシンゾウ)と言いたいことに気づいた。これ凄くない?旅を通して察する能力上がったんじゃないかな?笑
彼とは言葉通じなかったけどなんか上手くそれなりのコミュニケーションが取れた気がする。凄く良いやつでたまに話しかけてくれる彼のお陰でなんか安心してここまで来れた。
3時間経過。おい!!!どんだけ待たせんだよ!しかもたまに中を覗きに行くとなんか質問されてるわけでもなくただ座って待たされている。一体何の待ち時間なんだ。ちなみにこの国境を通過するのはほぼトラックの運転手で僕みたいな観光客や地元の人がたくさんいるような国境では無い。僕が3時間待ってる間も運転手を除くと3人しか来なかった。しかもトラックが通るのは隣のゲートみたいで気安くヒッチできる感じでも無かったんだよなー。
20時に迫り陽が沈み始めてる。見ると相変わらず座ってる。。。。もう無理!!(←もっと早く判断しろ笑)いいよウルグチャット(今いるところ)のバスターミナル行って自分で探すから!と運転手に頼んで荷物を回収し始めるとちょうどそのタイミングでおかあさん解放。
「よし!行くか!」とドライバーと車に乗り込む。僕は助手席を陣取る。後ろは、、、誰も乗らねーのかよ。後半の方はもうゲートが閉まって新しい人来ないのわかってただろうが。お前何を4時間近くも待ってたの?バカなんじゃないの?
その衝撃でどっと疲れた。最後に敷地から出るときにダメ押しのパスポートチェック。するとおかあさん始めその家族は敷地外の建物の中でまた座ってたわ。幸運を祈る。結局10時間くらい国境周りの制限エリアにいたよー。
少し走ると電話をしてからUターンし始める運転手。もう勘弁してください。。水を数本買うとまた先ほどの制限エリアの中に戻り仲間らしきやつらにその水を渡しただけで出発。ふざけんなよマジで。お前は4時間もあったんだぞ?もちろんまた出入りの時パスポートチェックだよね。
さて、これで遂にカシュガルに、行かない。ドライバーはジェスチャー込みで客が1人だから125元だ、と言った。お前殺すぞマジで。僕にしては珍しく怒りを隠すことも無くキレた。するとここウルグチャットに一泊して明日同乗者を待てば?とか言い出す。なんでこんな数km離れたところに泊まるやつがあそこで4時間も待つんだよ。しかも100元以下の宿は知らないと言う。こいつホテルからバックマージンも貰うんじゃねーのか。もうやり場のない怒り。
時間は21時前。冷静に考えた結果、今から歩いて宿探すもんでもないしそれで100元使うならその100元(手持ち100元しかない)でカシュガルまで行く交渉をすることにした。カシュガルまで行けば半額以下で宿泊することができる。すると最初は断固拒否だったがしばらくして了承するドライバー。敗北感。
するとすぐに男女のカップルが後ろに座った。は?なんなの?1人だから100元なんじゃねーの?と嫌気がさしているとどうやらドライバーの友達らしい。どこまで行くんだよ。後ろですげーうるさいし。もうどうでもいい。
また少ししてここで降りろと言ってきた。どうやらこいつはカシュガル行きのシェアタクシー乗り場まで連れてきてくれ、ここからは仲間に引き渡されたって事らしい。ってか、あそこからそのままカシュガル行けるかと思って待ってた訳で、結局シェアタクシー乗り場来るなら何時間も前にあそこ出て自分でシェアタクシー探してたわ、と言っても後の祭り。
そして1つ気づいたのだがここまで連れてきてくれた運転手には一銭も払ってない。もしかしたら今僕が乗ったドライバーからもらってるかもしれないけどもしかして良いやつなのか、、、いや騙されるな!良いやつじゃない!笑
100元渡して出発しようとすると運転手の友達3人も同時に乗り込んできた。もうどうにでもなれクソヤロー。しばらくするとカシュガルという看板が見えてきたので一安心、ではなかった。電話がかかってきたかと思うとUターン。ちょっとちょっともう本当に本当に勘弁してください。到着何時になるんだよ。ってか本当にカシュガル到着できんのかよ。
道端で暫く待ち、やってきた仲間から謎のビニール袋を受け取り再出発。車内では2人同時に大声で電話したり耳障りくらいな音量でなんかの動画見たり途中でまた仲間が乗ってきて助手席に3人座ったり途中いきなり運転手が変わったりと意味もわからないし色々と不快であった。まぁ乗る前から疲れて腹減ってイライラしてるからね。もう12時間以上何も食ってないからね。朝もパンと目玉焼きだからね。
不快タクシーもようやくカシュガルの町に到着。中国ではユースホステルすなわち青年旅舎が安いと聞いているので「青年旅舎」と見せるも伝わっていないようだ。もちろんユースホステルと言っても伝わらない。
言葉でナビするのは困難なので自分で地図上で見つけたユースホステルにマークをして地図を見せる。大体海外でタクシー乗った時に地図を見せるのは無意味である。なぜなら大方のドライバーは地図の見方を知らないから。でも運良くこのドライバーは地図の見方を少し知っていた。しかしそれが災いの元で近くまで来たからここでいいよと言うも、わかるから任せろとiphoneを返してくれず結局交差点を行き過ぎて1km以上離れたところで降ろされる。なんて日なんだマジで。
とぼとぼと歩いて23時前に無事にユースホステルにチェックイン。死ぬほど腹が減っていたが何しろ1元も無い。宿の受付で両替とかATMとか知らないかと聞くも夜だから無理だという。しょうがないか。諦めて寝よう。と!そこに救世主現る!同じ部屋にいたのは18歳の中国人リー。彼はウイグルの人ではなく南寧の方からここに観光に来ているらしい。彼が夜飯代貸してやるから一緒に食べに行こうと誘ってくれた!嬉しい!マジで嬉しい!!利子つけて返すから!!!初対面なのになんていいやつなんだ!
リーと宿を出る。彼は少し英語を喋るとの事だったがHow old are you?とかI have a sister.とか通じなかったので実質一切会話はできず、彼が持ってる翻訳アプリに頼りっぱなしだった。
新疆ウイグル地区という名前から来るイメージには似つかわしくない派手な電飾の夜道を歩いているとリーが翻訳の画面を見せてくる。"Shops are closed."
空いてる店知っててそに連れてってくれてたんじゃなかったんかーい\(^o^)/
結局2人で歩き回って食い物を探す。リーは翻訳で出てきた英語を読み上げて積極的に話しかけてきてくれる。それが翻訳の精度なのか元の中国語が悪いのか中々理解できないわけです。逆にここにどれくらいいるの?と聞くと彼は"5km"と答える。ダメだ。今日は耐え得る精神状態ではない。リーごめんね助けてくれてるのにキャパが小さい男で。
とか思っているとリーの電話がなった。宿の人からの様でどうやら宿の門限があるから走って帰ってこいと言われたらしい。
なーんて日だ。わかったよ。もう今日はそういう日なんだね。帰ろう。
その途中でシャシリク発見!!!!助かったぜー!!!!救われた!!!!
おー神よ!!!!いや、リーよ!!!!ありがとー!!!!
焼いてお持ち帰り用にしてもらい本当に走って宿まで帰るが、鍵は閉められており暫く根気強くノックして入れてもらい念願の夜飯。空腹と安堵で涙が出そうになるくらい美味かった。
そしてリーがくれた煙草。もう煙草はいいやと思っていたがこれも死ぬほど美味く感じた。
そして疲れが流れ落ちる至福のシャワーを浴びて床についた。
ExcitingかつDisappointingかつAmusingかつIrritatingな中国1日目終了。ちなみにもしもオシュから夜行に乗ったら85ドル。今回は苦労したし予定よりも金使ったけどドル換算で45ドル(宿泊費食費も込み)。せめてもの救いです笑
後から知ったことだが中国はあんなに広いのに国内で時差は無く正式には全てGMT+8らしい。つまり日本-1時間。でも非公式で+6のウイグル時間が存在しそれらが混在してるらしい。僕のiphoneはカシュガルでセットするとウイグル時間で表示されていた。国境で使われてた時間もウイグル時間だった気がする。そして宿にはチェックインした時間は僕的には23時ごろだったが彼らの感覚では25時ごろだったという。でも入れてくれて本当に本当に良かった。
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