今日は土曜日で学校も休みなのでゆっくりと起き出し、ほぼ手ぶらで出発する。ゴサスの町中から念願の馬車に乗った。馬車で適切なのか?大人10人が乗ってたがパワフルに駆けていく。道から脇にそれた時は振り落とされそうになったりもしたが、ひづめが地面を蹴る音と振動は心地よかった。こういうやつ!普通にイメージする馬車とは違うよね笑
到着したのは移動市!凄い人だ!そして広い!ゴサスの人々は毎週土曜日に開かれるこの市を楽しみにしているんだってー!
朝飯のサンドイッチを食ってから散策開始
女性たちご自慢の服を見ているだけで楽しい。布屋さん、仕立て屋さん、八百屋さん、果物屋さん、パン屋さん、ピーナッツ屋さん、雑貨屋さん、魚屋さんなど多種多様。米とかを入れる用の麻袋がいろんな柄がありいい感じだった。写真撮ってねー。
物を運ぶメインは馬やロバのようだ。道も舗装されていないしこういう狭いところを通るってところでは有能なのかもしれない。
ご主人たちを待つ馬たち。 凄い数。
歩いているだけでいろんなところからさっちゃんの愛称「カジャ!!」という呼び声がかかる。老若男女問わない。僕が見てる感じだとさっちゃんはまさに町の人気者だ。
ピーナッツはゴミのように置かれていた。
本当のごみも結構ひどい。
1番興味深かったのは家畜ゾーン。売り手か買い手かわからないが人で賑わっていた。
牛を売っていた頭に布を巻いた人は移動民族らしい。
道端には足を結ばれた鶏がもののように置かれていた。セネガルではペット、という概念があまりないようで家畜たちのみならず犬の扱いもかなり厳しい。
広いし方向感覚も狂わされるでさっちゃんはいつもバオバブの木を帰り道の方向の目印にしているんだって。
一度帰宅し、休憩してから向かったのはまたまたさっちゃんの友達のお家。家の前にいる子供達はさっちゃんを見ると「カジャー!!」とテンションが上がり握手をしに近づいてきてくれる。そして見慣れない僕とも不振がりながらも握手してくれる笑。子供達やおかあさん「達」に一通り挨拶をする。ちなみに握手するときに男性は握った手を額に手を持って行き、女性は膝を曲げるのが礼儀正しい握手らしい。
さっちゃんは僕のことを兄ということにしている。これは友達を泊めるとか言うといろいろ面倒くさそうだからだと思う笑。すると子供達からさっちゃんと僕はおかあさんが一緒なの?という質問が来た。日本ではまず聞かない質問!笑。一夫多妻ってやつですな。ちなみにこのお家にはおかあさんが3名いらっしゃるので子供達かなり多かった。でも見てた感じそんな事を気にする人はおらず、おかあさん同士も仲良くやっているように感じた。大きい子達は英語を勉強している子もおり少しだけコミュニケーションが取れた。何人家族なの?と聞くとmany manyだという。そんなの把握する意味もないか、とその答えを聴いて妙に納得した。
15歳くらいの男の子2人は自分たちはバイファルだ!と言ったがそれは冗談だったらしい。なんか彼らのそのやりとりを見ているともしかしたらバイファルというのはちょっと異端児っぽくてかっこいい存在なのかもしれない。
出してくれたお昼ご飯はチェブジェンの白。大皿3枚くらいをみんなで囲むのだが僕のために椅子を持ってきてくれた。みんなはしゃがんで食うので僕もそうするよ、と言うもいいから座りなさいということでそうさせてもらう。そして手づかみでも全然良かったのだが僕とさっちゃんにはスプーンを準備してくれた。おもてなしありがとう。
子供達は遊んでいろんなところを触りまくった手だが水を貯めた1つの桶で全員が手をピシャピシャとだけ洗うというかすすいでから食べ始める。せっけんなんて使ってるの見たことない。それでもお腹壊さないんだから人間意外と丈夫だ。
それぞれ自分の前のところから食べていくのだが真ん中には魚や野菜がある。僕は5人の子供達と食べていたのだがおにいちゃんやおねえちゃん(と言っても10歳行くか行かないかくらい)が手で器用に魚の骨を取り除いたり芋を分解して食べろと僕の方に寄越してくれる。かれらが当たり前のようにしてくれるその些細な気づかいは本当に嬉しかった。お客さんが来たらそうしなさい、と小さい時から教えられているのだ。
ほぼ皿のチェブジェンがなくなったかと思うとおかあさんのひとり(←この言い回しやはり違和感がある笑)が娘に何かを言う。するとその娘が僕たちの皿にお替りを入れてくれる。子供達は優先的に食べやすい部分を僕の方に寄越してくれる。かなり食って、ありがとうお腹いっぱいだよ!みんなで食べて、というジェスチャーをしたつもりだったがうまく伝わらず更に追加されるという笑。そして食べないでいると子供達が不思議そうにじっと僕を見てから食べろ、というジェスチャーをしてくれる。はい!食べます!お陰様で満腹+20%くらいいただきご馳走様。美味しかったよ!とお礼を言う。
ここの家には過去のJICA隊員も遊びに来ていたらしく、その人が家族にプレゼントした写真を見せてくれたりした。こっちでは写真は高価なのかもしれない。
腹が落ち着くとみんなに礼を言って帰途に着く。帰りに買ったのはヨーグルト!1つ100セフでポリ袋に入れて売ってくれる。甘いものは別腹だからね(`・ω・´)キリッ。これ普通に旨かったから今までダカールのブティックで250で買ってたの勿体なかったな。戻ったら探してみよう。
家族のおうちで大分ゆっくりさせてもらったので家に帰って昼寝をするともう17時過ぎ。そもそもセネガル人のお昼ご飯は14時とかが普通らしい。かぼちゃを持って本日3度目の出発。かぼちゃ??実は今晩は近くの村に行ってまたまたまたさっちゃんのお友達を訪ねしかもそこに泊めてもらう約束をしているという。いやーもう本当に色々ありがとうね僕にとっても大変有難い経験だがさっちゃんにとっても大切なコミュニケーションの一環なのかもしれない。その家族への土産に朝の市でかぼちゃを買っておいたのだ。
かぼちゃを担いでゴサスからの一本道を歩いていく。涼しくなってきた時間。最高に優雅な散歩タイム。なんかアフリカらしい良い道でしょ!?
すると後ろから来た馬車から「カジャ!!」と子供の声。3人の男の子が乗っていたのだが今から向かう村の子供のたちらしく乗せて行ってくれるという。ゴサスにおつかいに行っていたようだ。さっちゃん本当に愛されてるなー!写真撮るよーというと照れて顔を背けてしまったが乗った時前を見たらこんな視界。今回は馬車じゃなくてロバ車だったね。二頭体制。
馬ほどの馬力は無いがゆっくりゆっくりと進んでいく。急いでいないのでとても良い時間。彼は立派に乗りこなしており容赦なくロバを鞭打ちする。
村に到着!ロバ車は彼の家の敷地に入っていく。笑顔で挨拶をしてくれる家の人々。さっちゃんがあっちの家に行くんだというと笑顔で見送ってくれた。今度は打って変わって子供達が写真を撮ってと言うので近くで見ていた子も呼んで写ってもらう。
村の真ん中には小さな井戸。思った以上に深くのぞき込むとちょっと怖かった。家畜がこぼれた水を飲みに来る。
とても小さな村だ。なんていうか集落っていう呼び名が僕にはピンときた。各家族の敷地は藁でできた壁で囲まれている。とはいってもその囲いは見た感じ数えるほどしかない。
そしてそう、なんと僕が興味を示していたこのタイプの家じゃないか!
お友達の家の前に到着するとやはり子供達が「カジャー!」と嬉しそうに出迎えてくれる。こんな小さな村にも学校があり、さっちゃんはそこの学校に来ていたこともあるらしい。
皆さんに挨拶をする。このうちも子供達が沢山いたが、家族構成はさっちゃんも知らなかった。でもやはりおかあさんらしき人は1人ではなかった。女性同士で髪の毛を編んでいるところだったのでじっくりと見学させてもらった。
丁度その時敷地内ではなんか行事が行われており、とても賑やかでこの村にこんなに子供がいるのかというくらい集まっていた。太鼓のリズムに合わせて延々と歌っている。
1人で村の散歩に出てみる。行事に参加していないのか飽きて遊び始めたのかわからないが子供達が写真撮ってーと寄ってきてくれた。田舎町は良いねー。
バオバブ
そこら中に家畜が放し飼いにされている。水鳥がある家から別の家に列をなして入っていくのを見たけどどうやって管理しているのだろう。
超暗いけど真ん中の平屋の建物が学校でその左側がトイレ。
間も無く夕暮れだ。
家に戻りまったりと過ごす。高校生のジャイナンはさっちゃんと僕のことをとても気にかけてくれた。彼女はセネガルよりも貧しい国で医者になり人々を助けたいという志を持って勉強に励んでいるらしい。明日は何時頃に朝ごはん食べてそのあと帰ればいいよ、というところまで気にかけてくれているという。セネガル人にもそんな先の事を考えてくれるタイプの人いたんだな!笑
暗くなり始めると家の中には少しだけ照らせるライトがついた。もちろん電線なんか通っておらず、発電機の音もしない。実はソーラーパネルで電気を得ているらしい。写真は昼間撮ったやつだが夜はこれが点いてもお世辞にも明るくはない。でも無いことと比べたら天と地の差か。外を歩くときはマイライトで照らしながら歩く姿をよく見かけた。やっぱ彼らでも見えないもんは見えないんだ。
キッチンは1つの建物で独立しており、そこで女性が夜ご飯の準備をしている。動物を絞めるのは男の仕事らしい。ジャイナンが出来上がった夜ご飯を運んできてくれた。僕とさっちゃんは外で皆と一緒に食べるので全然よかったのだが彼らのルールでお客さんは家の中で食べさせてくれるらしい。ジャイナンと三人で家の中で頂く。
晩飯はクスクスのミルク掛け。これ僕には斬新だったわー。クスクスは世界で最小のパスタと言われる米粒みたいなパスタという認識だったが、ここではパスタではなく細かい穀物のようだった。そしてそれにミルクをかけて食う。クスクス自体には恐らく味は付いておらず、素材の味とミルクの味のみ。僕の感想としては正直言ってどちらかと言えば美味しくない寄りだった。しかしさっちゃんも最初はそう感じたが今はそうは感じず普通に食べられるようになったという。人間慣れるんだなー。この家族にとっては当たり前の夕飯なんだもんな。
ご馳走様して外で一服していると急に辺りが赤くなった。壁の向こうで何かを燃やしていた。聞くとゴミを燃やしているところなんだって。自分たちで出したごみは自分たちで処理するんだね。ダカールではごみ回収車が来てたけどまだこういうタイプのところ多いのかもな。本当に新鮮だなー。
トイレに行きたいと言うと男の子が2人付いてきてくれた。やはり彼らは用を足した後に手を洗う用のやかんを持ってくれている。彼らにとっては大切なことなのだろう。連れて行ってくれた場所はまさに「そこらへん」。立ち止まったかというと急に小便を始める子供達。3人で仲良く用をたした。
ゴミの火が消えると家から弱々しく漏れる明かりだけで街頭などもちろん1つも立っていない。空には満天の星空が広がっていた。
それを見ているとカジャーとちょっかいを出しに来る子供達。くすぐり合ったり、前にさっちゃんが教えた幸せなら手を叩こうのフランス語バージョンを一緒に歌ったり。この三日間でさっちゃんが如何に地元の人々に馴染み、又愛されているかを嫌というほど目の当たりにした。彼女が帰ってからもこの町や村の人々の中に彼女は生き続けるだろう。特に一緒に学んだり遊んだりした子供達の中には。そして彼らは大人になり子供たちに「昔カジャという日本人の女性がこの町にいたんだよ。」と話をする。とても素敵な素晴らしいことではないか。ちなみにさっちゃんはウォルフ語の他にセレ―ル語やプラール語の挨拶なども理解していた。セネガルでは地域によって複数の民族が共存しているらしい。
正直僕はJICAの活動目的や意義など詳しくは知らない。もちろん各々の活動自体でセネガルに、更には日本自体にも貢献しているのだと思う。しかしこのように実際に住んで現地に根付き、現地の人々と理解し合い、彼らの記憶に良い意味で残る、又日本とその国との精神的な距離を縮める架け橋的な役割を果たす。実際3日間活動や生活を見て、とても意味があることに思えてきた。
周りが暗いせいか22時過ぎには眠くなり寝床へ案内してもらう。さっちゃんは女性たちの家、僕は別の家で男性と子供達と一緒に床についた。鳥かと思っていたカサカサ音が余りに気になったので照らしてみると上の方にねずみちゃんがいた。そりゃネズミもいるわ!深夜足の上にネズミが乗ってきて目が覚めた時はかなりビビったけどこういう生活を体験できて心から感謝。
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